FC2ブログ
2019/02/03

激動の歴史の中を歩みつづけた「白石城」







2つの温泉めぐりの途中に立ち寄ったのが、白石市の中心部にある「白石城」で、
建物は全国的にも数少ない、木造による復元が採用されています。
 今日は湯めぐりの合い間のコーヒーブレイク、激動の歴史の中を歩みつづけた
お城の物語です。 以下の文章は、観光案内所のパンフから転載いたしました。

(コメント欄は閉じており、歴史好き、城郭好きの方はごゆるりとご一読ください。) 

【激動の歴史の中を歩みつづけた「白石城」】
天正十九年(1591)豊臣秀吉は、伊達氏の支配下にあったこの地方を没収し、
黒川城(現在の会津若松城)とともに蒲生氏郷に与えた。
蒲生氏家臣蒲生源左衛門郷成は、白石城を築城し城主となった。
 慶長三年(1598)上杉領となるや上杉氏家臣甘糟備後守清長は白石城の再
構築を行い居城した。
 慶長五年(1600)関ヶ原合戦の直前、伊達政宗は白石城を攻略し、この地方
は再び伊達領となり、伊達氏家臣片倉小十郎によって大改修がなされ、以後は
明治維新まで二百六十余年間片倉氏の居城となった。

    【以下、城郭の構造などは割愛します】

元和の一国一城令以後も仙台藩は仙台城と白石城の二城が許され、明治維新
には奥羽越三十一列藩同盟がこの城で結ばれ、公儀府が置かれ輪王寺宮が
滞城された。
 その後按察府の設置、兵部省兵隊屯所になるなど、日本の歴史の変転期には
一役を担う重要な城であった。

コメント

非公開コメント