前日見た新しい「登米懐古館」の、スレートと緑化ルーフの屋根、スレートを縦横に組み合わせた敷石の魅力に触発され、粘板岩の海岸と幾つかの漁村を越え、最後の寄り道は「雄勝硯(すずり)」の産地である雄勝町でした。




ここ雄勝町は、かつて「日本一美しい漁村」とも呼ばれましたが、東日本大震災で出来た巨大な垂直の防潮堤は、街の雰囲気を一変させてしまいました。
当時は街だった雑草地を進むと、昨年5月に完成した雄勝硯(すずり)伝統産業会館と観光物産交流施設に着きますが、高台のため、ようやく両脇を山に囲まれた雄勝湾が見えてきました。




ここは、震災復旧復興では地域住民と行政側の、防潮堤に関する意見が大きく分かれた地域ですが、両脇の山側の一部はまだ工事中です。
震災前4300人が暮していた町も、今は石巻市に併合されて住民は1000人以下、海岸に聞こえていた波の音も、そして浜辺を吹く海風も、巨大な壁でまったく感じなくなりました。


震災後、東京駅の屋根の吹き替えに使用される予定のプレート瓦が大量に発見され、無事活用されたのは当時の明るい話題でした。
ここで、辰巳金吾と隈研吾を結びつけるのは無理がありますかネ~!!
イントネーションは似ているのですが、あまりにも唐突で、 「おそまつ!!」さまでした。